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クレドのにっき

クレドのにっき

SICK

 ――差し出された手を取った時
   手袋の下から温もりを感じた。

間違い
ベッドにねっ転がって、オレはぼんやり本を読んでいる。
時間を見ればそろそろ大佐の出勤時間だ。
「ねェ大佐」
隣のベッドの大佐はあどけない顔で寝ている。
クセのつかないストレートの黒髪は、寝癖さえもつかない。
「…」
明日大佐がいなくなって、明後日心変わりして、いつか嫌いになられたら…?
旅をしている間、気になっている事。
大佐はオレの無骨な機械鎧も、生意気に隠された本当のオレも、全部愛してくれるけど、
だけど、大佐は、
ハボック少尉のモノ。

オレはね、横恋慕してるんだ。
ずるいし、悪い事だってわかってるよ。
だけど、こんなに好きなんだもの。
何も知らなかった頃には戻れないよ。
隣の大佐が眠そうに目を開ける。
「…おはよう鋼の」
オレはにぱっと笑って、「おはよ!大佐」

 出勤していく大佐を見送って、オレも支度を始める。
「今日の午後には、午後一の汽車で…」
次にここに来るのは、一ヶ月後。
勝手知ったる他人の家。玄関を開け、トランクを持ってアルの待つ駅へ急ぐ。
「…と?」
隣の家の花壇を熱心に手入れしている女性がいた。
栗色の長い髪を、前で緩く止めている。風に靡く長い髪と、栗色の穏やかな瞳が、何処か、母さんを思い出させた…。 「あら」
目が合った。
「あ」
しまった。余り、大佐の家にオレが泊まっている事、ひとに知られちゃ…
女性はそんなことお構いなしに話し掛けて来る。
「マスタングさんの弟さん?…あ、それなら金髪はないわね」
「え、ええと…遠縁です」
女性は穏やかに笑う。
「綺麗ね、あなたの髪。まるで向日葵のようだわ。」
うちのひとも、そんな色の髪だったわ。

――きみの髪はまるでひまわりのようだ


「私はね――この花壇で野バラを育てているのよ」
すっかり女性のペースにのせられて、「野バラ?」
ええ、と彼女は微笑んだ。――何処か、遠くを見ているような眼で、野バラをオレに差し出した。
「あのひとが好きな花。いつか帰ってきてくれるその日までに、野バラは…何本咲くかしら?」
彼女の目線は、花壇から動かない。
「野バラは…何本咲くかしら…?」

 キスをして、目を開ける。
「大佐の髪は、夜みたい」
「…きみの髪は、ひまわりみたいだ」
ふふ、と笑う。
「じゃあオレは大佐を中心に回るひまわりだね」
あの会話はいつだった…?
エドは、イーストシティへ帰る汽車の中で、オレは思う。
「どうしたの、兄さん?」
オレは笑ってうそをついた。「なんでもない」

 「ねえ大佐、隣の女の人の旦那さん、出征してるの?」
ベッドに押し倒されてキスをされながら、オレは気になっていたことを問うた。
「…鋼の。こういう時にそういう話しをするのはどうかと思うが…」
オレは、大佐と体勢を入れ替えて、キスをした。
「気になるんだもん。ねェ、教えてよ」
「…隣の奥さんの旦那さんなら、数年前から行方不明だ」
「…え」
「奥さんの証言では、いつものように出勤して、そのまま…」

 花壇を月が照らしている。
「…」
オレは、持ってきたスコップで、花壇を――
「あら…どうしてあなたがここにいるの?」
「!」
そこには、あの女性。手にはナイフ。
「またあの女の所にいってしまうのね?ねえあなた」
「え?!」
「あなたの髪はひまわり。私を中心に回っていた筈なのに、いつのまにか違う太陽を見つけて逃げていってしまった」
「オレは…」
「だけどね…私思ったの。こうしておけば、あなたは何処にも行かない。何処にも…私以外の太陽を見つけないように。私以外を見ないように見られないように」
オレはスコップを元に、剣を錬成した。
「やっぱり…旦那さんは、この花壇に…!」
「そぉよ。」
栗色の髪が夜風に靡いた。
「そぉよ!あのひとは私だけのもの!
あはははははははは!と狂った笑いが月に響いた。

 いつか嫉妬に狂って、しまうことがあるんだろうか。
 オレは…いつか大佐をこの手にかけて、オレだけのものにしてしまうんだろうか。
 怖い。
 怖い。
 怖い…。
 オレは大佐を殺したりしない。
 殺したり…。

「ねェ大佐、オレとハボック少尉、どっちが好き…?」


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